そらになるこころ

緊縛師 青山夏樹のSMや緊縛に関する思いを綴るブログ。内容重めです。

力と脱力

SM趣味の無い方に、緊縛師という仕事をしていると説明すると

大抵「すごく力が要るんでしょ?」と聞かれる。

実際、人を吊り上げることに大して力は必要ない。

それが緊縛の面白いところでもあるが、江戸時代の文献を見ても

責問の場面で滑車を使って人を吊り上げていることはなく、鉄の輪を

使っている。

これは今私たちがカラビナを使っている理由と同じ理由で使われているの

だと思う。倍力のシステムだ。

実際滑車は、緊縛の商業写真の中で用いられるようになったと書かれている本もある。


滑車の話はさておき。

縄を受ける人の体重が100kgあっても、縄掛け次第では女の力でも軽々と上がる。

そういうわけで、長年緊縛師に筋力は必要ないと思っていた。

ところが4,5年前のある時、例の月下美人の練習をしている時、事件は起きた。

その時の受け手は私より背が高く、体重も重かった。何年も縛って来た体だという油断もあり

難易度の高い吊りに挑戦したところ、思うように上がらず、手に強い痛みを感じた。

その時は誤魔化していたけれど、右手の薬指がどんどん腫れて行き、指が曲がらなくなっていた。

次の日病院に行くと、右手薬指の靭帯が切れているとのことでギプスを装着された。

特別な吊りだから、気を付けていたけれど自分の弱さには気づいていなかったのだ。

その日から縛る側の筋力に意識がいくようになる。

右手の指一本動かないだけで、縄をしっかり握ることが難しく普通の逆海老吊りも上げきれなくなる。

しかしショーの仕事の予定がいくつも入っている。

治るかどうか不安な気持ちながらも、その指を使わなくても引き上げられる力をつけようと

様々なトレーニング器具を買い込んでトレーニングを始めた。

一斗缶に水を溜め、縄を縛り付け、吊り床から下がったカラビナに引っ掛けて何度も何度も引き上げる。

リハビリ用のボールを握る、握力を鍛える器具を握る・・・とにかく色々やってみた。


体についての本も沢山読んだ。

結局パーソナルトレーニングに通うのが早いと思いピラティスのトレーニングを受け始めた。

仕事で使う体の動きをトレーナーにみせて、吊りに必要な筋肉を鍛えるには

どんなトレーニングが良いかを相談しながらメニューを作ってもらった。

お蔭で、指にプレートを巻きつけた状態ではあったけれどショーの予定は穴を開けずいくつかの

舞台を、無事に務めることができた。

同時にトレーナーに、受け手側の体に必要なトレーニングを聞き、パートナーにも通ってもらった。

長く一緒に舞台に立ちたかったから。


古来、捕縄術は武道だった。

それを調べると、日本の武道には「型」があり、「構え」がある。

その型や構えの根っこには「丹田」という筋肉の部位には存在しない場所の感覚がある。

後世にも名を残す強者の中には、構えには無駄な力が入らない脱力状態の大切さを説いた者もいた。

脱力状態から、必要な時、必要な瞬間に力を一気に入れる。

緩急自在に力をコントロールをするためには、「丹田」の意識が必要だった。

丹田に意識を持ち、腰を入れ、体の動く部分を適度に脱力させる。

これは能楽にも共通する、日本独特の感覚のように思う。

丹田(いわゆる体幹)を鍛え、脱力する。

しなやかな竹のような体が事故を防ぎ、最大の力を発揮する。

縛りもまさにそうだ。

受け手は脱力する(本当に信頼できる相手にのみ可能だが)ことが、一番安全な状態で

しかも美しい。

縛り手は体をしなやかに、相手の呼吸に合わせ縄を掛け自由を奪う。

修行している頃、師匠に指のタコが出来ている部分をチェックされた。

無駄な力が入っていれば、無駄なタコができるものだ。

不必要な力を掛けないことは、受け手に優しく縄に優しく、自分にも優しい縛りになる。


そうして体幹を鍛え、丹田を意識することから始まり、

引き上げる時は腕を使うだけではなく、背中の筋肉も使うよう教わり・・・

次第に全身をウエイトトレーニングで鍛えることへと興味はどんどん広がっていった。


全て縛りへの興味、受け手の安全。

それを作り出せるのは学び続けること、自分を鍛えることだと思う。


縛りには、力と脱力が必要というお話しでした。