そらになるこころ

緊縛師 青山夏樹のSMや緊縛に関する思いを綴るブログ。内容重めです。

撮影後の思い

先ほどの投稿と重複する部分がありますが

撮影後のメモそのままに載せてみます。

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当初の予定では秋田さんとは撮影日が別

ということもあり


初めてお会いするのに

既に聴きなれた声を聞きながら

秋田さんの体を拘束する瞬間が


来るなんて想像もしていませんでした。

 

自分の言葉で、秋田さんの言葉に救われた


と感謝を伝えましたが

混乱していて上手く言葉にできず...

 


撮影の後に

イメージの打ち合わせで絵を描いた

スケッチブックを切り取って

お手紙を書きました。

 


SMは互いの不完全さを赦し

肉体の苦痛をフィルターとして

純粋な心を抽出し、解放を目指す世界です。


それが商業主義に汚染され、

心の救いを求めて逃げ込んで来た人を食い物にし、

食われた人がまた寂しさによって

別の人を蝕み食い物にするような世界になっていく中で

SMの本質、

本当の存在理由を見失ってしまわぬよう、

正気を保っていようとする時の

絶望、虚無、孤独の中で

幾度となく

amazarashiの楽曲に


秋田さんの言葉に魂を救われて来た こと

その私の魂の救いになった

秋田さんの世界観の1部に自分が携わり

協力出来るという奇跡に

心からの感謝をお伝えできたことは

私の人生の苦しみへの勲章だと思います。


こんな感謝をお伝えしました。

 

縛りに関しては、


世界観は理解しているつもりでしたので

モデルさんにどういう表現が求められているかをイメージし、
全力でパフォーマンスしてもらえるよう
麻縄で縛りを施しました。

そして

長時間の拘束状態で起こる反応を想定して

現場の皆さんへのサポートの指示、

固定、体調変化への判断とケアなど

全体の安全監修もさせて頂きました。

秋田さんへの拘束もさせて頂き、

撮影中遠くで自分の施した拘束の中で

歌われる秋田さんの後ろ姿を見ながら、

涙を堪えきれませんでした。

全てが報われる瞬間と言うのは、

こういう感覚なのかと体を震わせました。

 

人はアートの為のオブジェではありません。

描きたい絵を完成させる為に

人間をマネキンのように扱うことは

私には出来ません。

言葉通り、人の痛みや怪我を気にせずに

何かをやらせる事も

人を自分の利益の為に食いものにするのも

人を人として扱わない事です。

人をモノに出来るのは「人でなし」でしょう。

いくら日常を逸脱した世界だからと言って

人間の尊厳まで逸脱して良いなんて事は

絶対にありません。


ファンタジーを表現する時にも

守られるべき人の心があります。


人の痛みを感じ、理解した上で

安全に配慮しながら絵を完成させる必要があると

考えています。


変態の世界だからめちゃくちゃやることが

エロい、なんて言う人は

変態ではなく異常者です。

 

私は静止画の為の縛りが専門ではなく

生きた、心を表現する縛り

動く生き生きとした魂を描く縛りが専門です。


緊縛師として
自分が信じて譲らなかった道
自分の本分である動的縛りで
自分にとって意味ある作品に参加出来て本当に幸せです。


ありがとうございます。